読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ミミログ

ミミヨリなジョウホウをアナタに。

【映画】ひるね姫:「夢」と「リアル」と「リアリティ」とのバランスについての考察

03/18にひるね姫 ~知らないワタシの物語~」が公開されました。

君の名は。」や「この世界の片隅に」など、アニメ映画の勢いが特に増している昨今。

ひるね姫」も続くことができるのでしょうか?さっそく観てきました。
 

ということで、今日はひるね姫について紹介します。

※ネタバレあり。また、長文です

 

f:id:hrsest:20170321230433j:plain

アヒルくちの主人公は珍しい?

 

 

 

1.どんな映画?:岡山弁カワイイ

監督:神山健治(代表作:東のエデン攻殻機動隊 S.A.C)

あらすじ:

2020年東京オリンピックを3日後にひかえたある日。主人公・ココネの父親・モモタローが警察に連れて行かれてしまう。戸惑うココネのまえに、「タブレット」を狙う男・渡辺が現れる。渡辺が狙うは、モモタローの持つ「自動運転」の技術。ココネは幼馴染の大学生・モリオとともに、亡き母・イクミの父であり、巨大自動車メーカー・志島自動車の社長でもある一心と会うため、東京に向かう。

メモ:

舞台は岡山県倉敷市。そのため、登場人物の多くは岡山弁です。また、父親の名前がモモタロー、その友人の名前がキジタだったりと、岡山要素がちりばめられています。

 

2.感想:夢と現実とSFとファンタジーと巨大ロボと岡山弁と家族愛と!

※一部ネタバレあり

 

2-1.「夢と現実の往来」による良し悪し

観終わった最初の感想は、「(良くも悪くも)ゴチャゴチャしてるなぁ」でした。

 

まず、基本的な話の展開として、主人公らは夢と現実を行き来します。

夢の世界では、SF(機械王国)ファンタジー(魔法の力)とが入り乱れつつ、さらには巨大ロボットが出てきて、鬼と戦いはじめるのですからさあ大変。

 

そのうち夢と現実が別物ではなく、一本線になっていく描写は面白いです。

(夢のなかでの行動が、現実に影響を及ぼす。)

 

一方、そのことが、

「なぜ夢の行動が現実の行動として反映されているのか」

「これは現実だとなにが起こっているのか」

という「わかりにくさ」「受け入れにくさ」につながっていたと思います。


2-2.「リアリティ」に勝ってしまった「リアル」

この映画を観て、「ストーリーの細かな点が気になった」という方は、少なくないのではないでしょうか。

 

そしてその原因は、この「映画」が「リアル」な要素を含んでいたからだと思います。

 

本作のテーマは「家族愛」です。

それに対するは「大企業の葛藤」「2020年オリンピック」「自動運転技術」。

 

「家族愛」に相対するものがあまりに「現実的」だったため、「虚構」であるこの作品を観ながら、「現実」としての視点が発生してしまっている――わたしはそう考えました。

 

たとえば(本作のシーンではなくあくまで一例)、「『遅刻ちこくー!』といいながらパンをくわえて家を飛び出す女子高生」は、「アニメ(虚構)」の描写としては違和感なく受け入れられますが、「現実」の光景としては違和感があるのではないでしょうか。

 

同じように、「ココネがこっそりと渡辺からタブレットを取り返すシーン」は、「アニメ(それこそルパンのような)」であれば素直に受け入れられても、「巨大企業の役員」という「リアルな」設定がゆえ、違和感として発生していました。

 

「創作ではリアルではなくリアリティが大事」とよくいわれます。

しかし、「ひるね姫」は「リアリティ」よりも「リアル」が勝っていたがゆえ、「フィクション」の世界に入り込むことができませんでした

結果として、通常の「フィクション」であれば許容できた「(ある意味で)ご都合主義」的な展開が、目についてしまったように思うのです。

 

3.考察:ひとはどのように鬼を打ち倒したか

※ガッツリネタバレあり

 

3-1.夢の世界(比喩)について整理する

まず、巨大なメタファー(比喩)である夢の世界について整理します。

 

ハートランド王国:志島自動車

・国王:一心(イクミの父)

・ベワン:渡辺一郎(ワタナ”ベ・イチ(=1=ワン)”ロウ)

・エンシェン:イクミ(ココネの母)※なぜ「エンシェン」?

・ピーチ:モモタロー(ココネの父)

・エンシェンの「魔法の力」:自動運転の技術

⇒国王はエンシェンを「呪いの子」とし、閉じ込める。

 王国を脅かす「鬼」に対する機械人形は人力(手動運転)。

・ハーツ:エンシェンとピーチが完成させた魔法の力で動く自動車

 

3-2.「鬼」とはなにか?

では、ここでいう「鬼」とはなんなのでしょうか?

 

「鬼」に対し、機械人形は手動・自動運転を問わず戦っています。

つまり、機械人形(=自動車)の共通の敵だとわかります。

 

また、一時的に機械人形(自動運転)が倒したのち、ふたたび「鬼」は復活します。

 

きっかけとなるのは、ベワンの行動。

それは、「端末を操作し、送信ボタンを押す(呪いの呪文)」というものでした。

すると、ベワンの部屋にあったフラスコに緑の液体が溜まり、解き放たれた無数の羽虫のようなものが、「鬼」に集まり、「鬼」はよみがえります。

このときベワンは「燃え上がれ」「炎上しろ」とも発言しています。

 

これは、

「渡辺の情報操作をきっかけに、噂・憶測・風評が広まり、炎上した」

ことを示していると考えられます。

 

すなわち、これらのことから、

「鬼」は機械人形(=自動車)、ひいては「科学技術」に対するひとびとの「不信」

だと、わたしは解釈しました。

 

3-3.「ひるね姫」のもうひとつテーマは「ココロネひとつで人は空を飛べる!」

ひとびとの「不信」が具現化した「鬼」を、最終的にはどう倒したでしょうか。

 

夢の世界では、ピーチが「魔法の力」を借りて「鬼」と戦います。

そして、最後は盛大な心のツッコミを入れたシーン。

 

力を貯めてうなるエンジン

次の瞬間、背中から生える光の羽

そして、エンジンヘッドは空へと飛んでいきます。

 

「いや、エンジンの意味!?」と、心のなかでツッコミました。

 

ツッコミましたが。

 

ここまでつらつらと書いてきて、気づきました。

あれこそが、ひるね姫」のもうひとつのテーマだと。

まさに、「ココロネひとつで人は空を飛べる!」だと。

 

ピーチの乗るエンジンヘッドは、「機械」と「魔法」がひとつになった象徴です。

しかし、それでは「鬼」を倒しきることができませんでした。

そんなピーチに、ココネの声援が、「光の羽」を与えたのです。

 

「光の羽」は「ココロネ」が具象化したものであり。

そしてなにより、「不信」である「鬼」に対抗できる「信じる心」だったのです。

まさに、「ココロネひとつで、人は空を飛べる!」。

 

特に考えもなく書いてきましたが、うまくまとまったでしょうか?笑

3-4.総括のような補足のような

もしかしたらマイナスイメージを与えてしまったかも。。と思ったので、補足を。

 

まず、ひるね姫」は面白いです。

ツッコミどころはあれど面白い。

 

それこそ、「東のエデン」でも同じ感想を抱いた記憶があります。

劇場版のラストシーンをみながら、「気になることはあるけど、この爽やかさがすべてだ」と思っていました。

 

本作も、ラストの縁側のシーンをみながら、心がほっこりして終わりました。

 

ちなみに。

ココネだと思っていたエンシェンが実はイクミだったとわかったシーンでは、本当に感心しました。個人的にこの映画のピークです。笑

 

4.今日のミミヨリバナシ:言い間違いに要注意

 

 

気を付けましょう。

 

以上、「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」の紹介でした。

観るきっかけとなれば幸いです。

 

Twitterもやってます!:@mi_mi_log